2014年7月29日火曜日

天の国とは・・・

管理人MあらためSです!

毎日暑いですね。
今回は27日(日)の午前と午後のことをお伝えします。
先ず午前の礼拝から松本先生のお話をどうぞ。

「天の国」のたとえ

福音記者マタイは、「天の国は次のようにたとえられる。」というフレーズで、
主イエスが「天の国」について語っておられるのを記します。
そこで「天の国はどのような場所かなあ?」という問いをもって聖書を読みますと、
私たちは肩透かしを食らいます。

主イエスは、「からし種のたとえ」「パンだねのたとえ」
「畑に宝を見つけた人のたとえ」「高価な真珠を見つけた人のたとえ」
「よい魚は器に入れ、悪い魚は投げ捨てられるというたとえ」の五つのたとえ話をもって「天の国」についてお話しされたのでした。

最初の二つは“始めは人目につかないほどの存在であっても、
それはやがて全体を変え大きなものになる”というのが天の国ですよ、
と語られていますし、
又続く二つの話によって天の国とは、“持っている持ち物をすっかり
売り払っても手に入れたくなるほどの価値があるもの”ですよ、
と語られています。
(5つめのたとえは前4つとは趣が異なる話しで、イエスさまご自身のことばというよりもマタイの付加的話と見られています。)

つまり、この主イエスが語っておられる「天の国」とは、
場所とか空間的なところを説明していません。
そうではなく「天の国」を“神の支配”として語られているのです。
「天の国」が、この“神さまの支配”ということならば、これは私たちの現実を
超えている世界です。ですから人間の理屈・解釈だけでは小さいし、
限界があります。
何かを分かったように思うのは“神さまの支配”の一部をわかったに
すぎないのです。
そこで主イエスはおっしゃいます。
「何よりもまず、神の国(天の国)と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(マタイ6:33)と。

管理牧師 司祭 パウロ 松本 正俊

つづく。