2015年1月2日金曜日

説教:主イエス命名の日

管理人Sです!


あけましておめでとうございます。
皆さまどの様な場所で新年をお迎えしていますか。 

岐阜聖パウロ教会でも元旦礼拝がおこなわれました。
その礼拝の中のメッセージ・・・松本先生からのお年玉プレゼントです。




ルカ21521
皆さんに神様からの幸せがたくさんありますように。
今年も当ブロガーをどうぞよろしくお願いいたします!
飼い葉桶のみどりごは、<八日たって…>1225日から
八日目の11日に<幼子はイエスと名付けられ>ました。
<イエス>という名前のヘブライ語読みは「ヨシュア」といい、
割合よくある名だったようですが、この飼い葉桶のみどりごの
<イエス>というギリシア語名の名前だけは、最初から特別
違うニュアンスで名付けられ、文字通り「神は救い」を歩む
お方であることを期待されて<胎内に宿る前に天使から示さ
れた>名なのであります。

そして、この<イエス>という名は、「キリストは神の身分で
ありながら、…(中略)…人間の姿で現れ、へりくだって、
死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
このため神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名を
お与えになりました」(フィリピ269)と聖パウロが
述べるような「あらゆる名にまさる名」を神がこのみどりごに
お与えになったものでした。

この「あらゆる名にまさる名」の素晴らしさをうたい上げた聖歌
聖歌352番があります。
“イエスきみのみ名は たえなるかな、聞けば悲しみも おそれ
消ゆ”と1節で歌い、“イエスのみ名は、マナとなる”
“このみ名こそ、あふれる恵みの源となる”
“み名はいのちであり道である”
“世を去る時にも、み名は愛なる主のこよなき力”とイエスの
み名をたたえて歌っているのです。


私は、以前から「キリスト教の“ナムアミダブツ”?」に興味
関心があり、機会あるたびに語り、この称名念仏の精神で祈り
黙想することをお勧めしてまいりました。
「イエスの祈り」という祈り・黙想が東方正教会の伝統があり、
これは「イエスのみ名」を、ちょうど「ナムアミダブツ」を称える
ときのように、息をととのえて「み名」だけを繰り返し口に出し
てするのです。
例えば「主イエス・キリストアーメン」「主イエス・キリストアーメン」
のように。この祈り・黙想は「あらゆる名にまさる名」=主イエス
の「み名」の素晴らしさを体感すること、間違いありません。


☆☆☆